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光原社のあゆみ

褐原社
〒020-0063 岩手県盛岡市材木町2−18
TEL 019-622-2894
定休日 毎月15日(15日が土日祭日の場合翌日に振替)
 大正13年(1924)宮沢賢治の生前唯一の童話集[注文の多い料理店]を発刊、社名も賢治の手によって光原社と名づけられました。これは、賢治と創業者が盛岡高等農林学校で先輩、後輩の縁によるものです。当時、花巻農学校の教師をしていた賢治を訪ねた創業者は、賢治から膨大な童話の原稿を預かりこれが注文の多い料理店の発端になりました。童話名や光原社の社名をめぐって二人の間で楽しいやりとりが交わされたようですが、結局この名前に落ち着きました。二人の夢を乗せたこの童話集は残念ながらほとんど売れず注文の少ない童話集となりました。創業者は生涯を閉じるまでこの注文の多い料理店と宮沢賢治を語るとき充分な満足感に浸っておりました。いうまでもなく賢治という天才と接し得たこと、特に一冊の本を通じて(いーはとーぶ)の夢を見たことによるものと思います。

 いーはとーぶという言葉は今盛んに使われますが、理想郷としての岩手県を指すものとして解釈して、間違いはありませんが、賢治の心はこの苦しい現実の中にも岩手県民、特にも農民が心の中に理想郷を失ってはほしくなかったからです。

 昭和8年、賢治とは早すぎる別れを告げましたが、あいついで鉄器の高橋萬治や民芸の柳宗悦、染色の芹沢_介、版画の棟方志功などの知遇を得ることができ当初の出版の仕事から鉄器、漆器、全国各地の民芸まで業態は移って参りました。現在は盛岡市に3店舗、仙台市に2店舗と営業しておりますが、いーはとーぶの夢を失わないように努力して参りたいと思います。